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分界稜の家
The House of Demarcation

熊本市 2009

1. はじめに
 この住宅は、都市中心部に位置する竣工後23年が経過した、いわゆる「フロンテージセーブ型ユニット」積層型集合住宅の1住戸ユニットである。既存住戸ユニット内部を撤去し全面改修を施して、新しい住宅として生まれ変わった。

2. フロンテージセーブ型住戸ユニットの堆積
 量的供給が主眼であった1970-80年代に日本で供給された積層型集合住宅は、住棟内に最大限の住戸ユニットを確保するため、各住戸ユニットの間口を最小化して住棟の中に詰め込んだ「フロンテージセーブ型ユニット」が主流であったことはよく知られている。「フロンテージセーブ型ユニット」は、間口の狭さと奥行きの深さからLDKの南側配置や個室細分化を生みだし、住戸ユニットの画一化とアノミマス化を進行させた。また、この画一化とアノミマス化は、本来は最小寸法のガイドラインだった各部寸法の硬直化も招いている。キッチンカウンター長さやユニットバスの規格などが住戸ユニットそのもののグレードを規定するようになった現状の遠因の一つであろう。  さらに、構造躯体や架構のフレームと無関係に各住戸ユニットが挿入されることが多かったため、集合住宅の主要な「構造躯体」と住戸ユニットという「内部空間」とが乖離することに繋がった。その場合、住戸ユニットという「内部空間」は、安価で画一的な二次部材と仕上材の反復により合理化を達成した一方で、メンテナンスを含む設備的諸問題や画一化によってもたらされる空間的な課題を覆い隠してきた。  もちろん、住宅の性能や安全性を徹底するデベロッパーにとっては当然の帰結である。大量販売のためには、ユーザーの生活行動をある予想値の範囲に入れて供給する必要があり、日本社会の流儀を直截に体現しているともいえよう。そういった点においては、これまでの集合住宅の物質的堆積と現状の集合住宅計画・デザインの大きな潮流にはユーザーや市場も責任を負わなければならない。

2. 大梁という地形/ノンサイトの景色
 全面改修に伴う解体工事は、廃材搬出・騒音等の近隣対策を含めて困難を極めた。しかし、解体が終わりに近づき構造躯体が露わになるにつれ、市場原理の中で歪められたフレームの異形を再確認することになった。住戸ユニットのほぼ中心を南北に横断する大梁下の有効高さは1.86m程度、それを支える850mm角の大柱が両端部に構え、異様な圧迫感であった。こういった場合、プランの自由度はかなり低くなるのが常だ。しかし、この住宅の再生には、異様な大梁というネガティブなエレメントを、動かすことのできない地形と捉えた。これは地形そのものを逆説的に顕在化させる作業であったともいえる。  厳密な実測調査を繰り返し、法的に担保された開口群というエレメントを注意深く読み取りながら、大梁を地形上の「稜」として空間を浮かび上がらせようと考えた。当初は大梁下に連続的なシェルフによる「稜」を想定したが、より生活上の共有度を高めるために可動壁による「稜」を創り出すことに決めた。  また地形といえば、敷地+建築の場合は直接的な外部空間という外部座標により様々な景色を創こと・取り込むことが可能であるが、集合住宅の場合、景色は断片としての鏡像にしかなり得ない。すなわちそのノンサイト状態から限られた開口部から離散的な景色を取り込むことになるが、そこにも細心の注意を払っている。幸い、地理的に100m先の都市公園の「大楠」が象徴的であった。この「大楠」がフレームにより切り取られ、無限集合としての離散的世界を鳥瞰する主体のための重心を平面上の機能的中心点としている。

3. 可動壁による分界操作/分界稜の家
 リノベーションの常套手段では、既存壁や既存天井を取り払い、スケルトン化・デザインのミニマル化すをることで満足する場合が多い。いわゆるデザイナーズマンション「風」の空間が出来上がる。ただし、これでは通常の分譲集合住宅の固定的プランをただ白紙化しているに過ぎず、内部空間が劇的に変化することはおろか一般的性能に応えることもできない。  ここでは、既存の梁型や柱型を地形として可動壁を設えることにより、より柔軟な空間領域を獲得することを目指している。つまり、日本の伝統的住宅のように可動壁で間仕切るようになっている。ただし、襖や障子のような柔らかな境界ではなく固い境界だ。
 玄関からダイニングへと続く稜の右側(西)空間をどちらかといえば流動空間と位置づけて補足的機能空間を中心化しつつ、稜の左側(東)空間に個室的空間を配置して最低限の個人的プライバシーを確保した。ただし、個室は定位ではなく、使い手の裁量による可動壁の分界操作により様々な形式性を有する空間へと転回することができる。言い換えれば、可動壁の操作により空間そのもののインターベンションを可能とした。主寝室とダイニングを南北面の開口部側に配置しているが、リビングダイニングを鈎状にすることも可能である。そのため、照明も全てブラケット式の可動の配線ダクト方式としている。  住宅の中のどこにいても視線の先にあるが、寡黙に佇んでいる「稜」が空間を分界しながら空間の「奥」と「手前」という相補性を創出し、また分節による様々な構成形式を有する分界稜の家となる。
4. ベニヤ100%壁仕上/密箱
 ある一定規模の空間における触感的感覚は、実は壁面から感じ取られることが多い。ここでは全ての壁を木仕上とすることで、まるで蜂蜜の中にいるかのような柔らかでみずみずしいを獲得した。一方で天井と床は量感を考慮して白とした。  壁材は全てシナベニヤで統一している。壁だけでなく、壁一面の棚や造作家具もシナベニヤである。近年では作家的建築家による使用に限定されるこのベニヤ工事は、大工職人へ予想外の労力と工期を課すことになったが、基本的には全てサブロク(910×1820)板の分割の現場施工を基本としている。棚や造作建具の見込み部分もベニヤであり、また置き家具もそれを踏襲している。このベニヤ壁の反復が、単に壁仕上げという以上の密度と職人の手の痕跡を残すこととなった。通常、ベニヤはまがい物、安物という一般的イメージがある訳だが、使用法によってはこのような蜜箱の中にいるような快楽が生まれてくる。

5. おわりに  設計にあたっては、常に思想が明快で質実であることを信念にしており、また日常的な風景を少しだけ抽象化することにより生活・空間体験する人のイメージを広げられるのではないかと考えている。この住宅でも、空間のシンプルな仕組みや成り立ちから自ずと導かれる柔らかで印象的な眼差しや光で満たされた住まいになればと思う。

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